活版印刷のはじまりについて

徳川家康による禁教令から200年経った江戸時代 末期の1848年に、オランダ船が活字、活版印刷機を再び日本に持ち込み、これを4人のオランダ通訳者達が買い取り、長崎出島のオランダ屋敷にオランダ印刷所を開設しました。その4人の中に、後に日本活版印刷の始祖とされる本木昌造が加わっていました。
2年後、オランダ政府から将軍徳川家慶に、英国製のスタンホープ手引印刷機が贈呈されました。 この機械は、英国のスタンホープが 18世紀に発明した平圧式の手引印刷機で、明治維新後も洋式印刷の繋明を告げるものとして貴重されました。
1855年(安政2年)、本木昌造は官営の活版印刷所の創設を長崎奉行に上申し、活版判摺所(後の出島印刷所)を役所内に設け、自ら御用掛になりました。昌造はここでシーボルトの著作などの発行を手がけますが、 この頃はまだまだ、活字の出来映えが粗悪だったといわれています。

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